003 アフターファイブ
東京タワーの見えるその場所。
殺人現場では、証拠の温存が第一に優先される。
父の亡骸に駆け寄る彼女を止めたことは、刑事として正しい行動のはずだった。
だが同じ冬の空を見上げながら、後悔しているのかもしれないと安本は思った。
「後悔してないよ」
夏見が言う。
「刑事になったことも。今回のことも」
十七歳の少年を射殺した事件は、世間からの非難を浴びるには十分な出来事だった。
彼女はプラスチックのブラインドごしに、外を見やる。
そこには大勢のマスコミがいる。
その中に、佐藤和夫がいないことに、ひそかにほっとした。
よく考えてみれば、夏見が出て行かない今、矛先は彼にも向けられていたことはわかっていたというのに。
「でもやっぱり、うまくいかないね」
ひどく泣きそうな顔をして、でも後悔の色は感じられない。
安本は思う。
きっともう一度同じことがあったら。
「撃ちますよ。迷わずすぐに」
期待通りのセリフに、記者達はフラッシュをたいた。
雪平刑事の殺人事件の捜査は打ち切りになった。
結局犯人は捕まらないままで、どうせ捕まらないのなら見届けさせるべきだった。
悔やみきれない思いを抱えたまま、十五年という歳月が経つ。
一日だけ早い墓参り。
安本には、×が誰であるかは分からない。
だが雪平なら真実を見つけ出すだろう。父親と同じように。
そうなってしまえば、きっと自分では彼女を守れない。
「……雪平、夏見ちゃんを守ってくれ」
それは心からの願い。
都合のよすぎる、勝手な願い。
花束が、手から離れた。
あの日の前日。
(2006.11.15)