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064 水族館

 水族館の中、雪平夏見はそこにいた。
 照明は薄暗く、海の底をイメージしたらしいそれは製作者の思惑通りに再現されている。
 平日の昼間という時間帯のせいか、客はほとんどいない。
 雪平はゆっくりとした足取りで、しかし立ち止まることなく前へ歩いていく。
 水槽の水は雪平の歩く同じ方向に流れている。魚の群れはそれに逆らいながら泳ぐので、雪平はただ一人どこかへ流されているような気分になった。
 ポケットに手を入れると、紙きれが指先に触れた。雪平は立ち止まる。
 くしゃくしゃになったそれをひっぱりだす。それはこの水族館のチケットの半券だった。
 そこに書かれていた名称を、雪平は声に出さずに読み上げた。

「水族館、ですか」
「水族館です」
 瀬崎はなんでもないことのように、それを指定する。
「なんでまた」
 雪平は茶色い封筒を裏返す。そして再び元に戻した。透明なシート越しに青いチケットが顔を覗かせている。
「仕事先でいただいたんですよ。だけど僕だけじゃ使いようもなくて」
「そうですか」
「事件が片付いたころにでもどうですか」
 雪平はしばらく思案するように黙っていたが、うんと頷いた。
「いいですね」
「じゃあ決まりです」
 封筒を返そうとするが、瀬崎はそれを受け取ろうとしない。
「それは雪平さんが持っていてください」
 疑問を口にする前に、瀬崎は言った。
「仕事上、封筒をたくさん扱うのでなくしてしまいそうで」
 彼は静かな笑い方をする。
 雪平もつられたように笑顔を見せ、言った。
「じゃあそうしますね」

 瀬崎がくれたチケットは一枚だった。
 よく考えてみればそれは瀬崎に送られたもので、一枚しかなくても不思議ではないのだが、雪平は館内に入るついさきほどまで二枚入っているものだと思い込んでいた。
 雪平は息をつく。
 魚の呼吸は目にみえるのに、それは形にはならなかった。

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デートらしいデートをさせてあげたくて。
でもよく考えなくても、事件後はもとより、事件中なんだからできないよなと。
(2006.06.20)