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072 コーヒー

 休憩室。
 机の上にはいくつもの紙コップが並んでいる。
「なにやってるんだ」
 そう言ったのは三上。
 雪平は振り向くと、ひらひらと手を振った。
「薫ちゃん、コーヒー飲む? 冷めてるけど」
 コップにはどれにも一度は飲んだ跡がついている。
 困惑して雪平の顔を見るが、彼女は笑顔のまま。
「私のお酒が飲めないんだから、コーヒーくらい飲めー」
 三上は仕方なく一番近くにあったそれを手に取った。
「……めずらしいな」
 一口飲んだ三上が言う。
 それはとても甘いコーヒー。
 雪平が飲んでいるのも三上が飲んでいるのと大差ない色と香りだ。
 それだけでなく、いつも飲んでいるブラックは一つだって見当たらない。
「あれだけいろんなことがあれば気まぐれくらい起こすよ」
「それもそうだな」
 結局三杯のコーヒーをご馳走になると、三上は席を立った。
 雪平はというと、初めから最後まで同じカップを手にとったままだった。
 それでもまだ半分は残っている。
 甘いそれが苦手な雪平にとって、それは快挙だったけれども。
 三上はリサイクルの印がついたゴミ箱に三つの紙コップを捨てた。
 机をみると、まだたくさんのコーヒーが残っている。
 三上はため息に似た息をつく。
「で、それどうするの?」
「どうもしないよ。あ、薫ちゃんは?」
「俺はもういらないよ」
「そっか。それは残念」
 あまり残念そうではない言い方だった。
 三上はそんな雪平の姿を見ながら。
「で、探し物は見つかった?」
 雪平は驚いた顔を見せる。
 しかしそれはすぐに宝物を自慢する子供のような笑顔になり、うん、と頷いた。

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あの時の甘ったるいコーヒーが、好きじゃないけれど嫌いになれない味だったりするといい。
(2006.07.23)